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「幕末純情伝」
![]() | 幕末純情伝 特別版 [DVD] (2002/02/22) 牧瀬里穂渡辺謙 商品詳細を見る |
★★★★☆
ビデオ版で見ました。
表紙の牧瀬さんがかわいくて購入(レンタル落ち)
チャンバラもダイナミックで見ていてワクワクしてしまいましたが、なんと言っても役者がすばらしいです。
とくに、とくに
渡辺謙!!
男くさくワイルドで、且つ、とぼけて可愛いあの竜馬のキャラクターにズッキンドッキン。
この映画、私が思うに、あらすじはどうでも、あの竜馬=渡辺謙さんを見られるだけでお腹いっぱいだと思う。
(・・実は彼が渡辺謙であることは後でパッケージを見て知った。えぇっあの人が、あの人!?全然分からなかったー・・)
彼、今でもイケオヤジとして有名ですが、昔は昔でまたいい男やったんやなぁ。。
この映画を見て、渡辺謙ファンになってしまいました。ぜひ彼のほかの出演作も見たいです。
牧瀬里穂は、ギザ可愛いです。19歳とのこと。ギッと見つめる真摯な目力は、まるで草むらの中の子猫の目のようだ。
世間では評価のいまいちな映画のようですが、私は好きです。
でも、たしかに、実際の話と全然違うらしいのには、さすがの私もびっくらこいて、やや混乱してしまいました。
竜馬を殺したのって沖田総司じゃなかったよなぁ・・?しかも一緒にいたのは中岡だったはずだし。
風邪を引いて甘酒を飲んでるところとかはそのままだったので、妙に混乱してしまう。
まぁ、、漫画的なパロディとして見ればそれはそれで面白いはず。
はじめのほうの、戦闘の最中で竜馬が普通に歯磨きチューブで歯磨きするところ(そんな昔から歯磨きないやろ!w)とか、総司が「抜け!」といったら褌を取りはじめたところ(そっちの刀かい!)で総司が戸惑って「お、おまえどういう性格してんだ・・」「どういう性格ってこういう性格じゃ」爆笑です。
プレゼントに竜馬が自分の写真(お茶目に写ってる)をあげるところとかw
もう一回見たいです。
DVDのほうには必見の特典映像がついてるとのこと。みたい。そしてもう一度鮮明な映像で謙さんを。
・・検索してみたところ、やはりあの渡辺竜馬に萌えな人は結構少なからずいるようです。うん、ぜったいそうだ。

LDのパッケージ画像発見。VHSのと微妙に違う。

シーン画像発見。
これ以外にあまりみつからなかった。
追記。
大きいテレビのほうでもう一度見ました。
謙さんが大きく見れて感動。
つかこうへいの原作も気になったので、図書館で借りてきて読みました。
が・・
これ、映画と全然ちゃうやん!?
総司が女、という設定以外ほとんど共通点がないんだが・・
けど、これを読むと、映画版のほうももっと原作に忠実にしたほうが断然面白いのにという気がした。
竜馬も総司も桂もエロすぎ・・w
(竜馬が総司に足で電気按摩するとかウケます。。)
映画のほうも、まぁそんな気分なのは分かるけど、でも原作のはまったくもっと強烈。
総司が、「男の肌なしには一日も生きて行けない」淫乱とは・・
それにしてもこの戯曲、カオスです。。私が演劇の台本を読みなれていないせいもあるのだと思いますが、何がなにやらさっぱりです。
・・去年の夏ごろに、石原さとみ主演で舞台があったようです。みたかったなぁ・・
数年に一度上演されているようなので、こんど機会があったらぜひ見に行きたいです。
・・ついでに図書館で、新撰組の本も借りてきました。
沖田総司は剣の天才で、暗殺の名手だったとか。武道の稽古のときは荒っぽく恐ろしい人だったそうだが、ふだんは明るく、子供にも優しい人だったとか。そこらへんは映画も忠実なようです。
![]() | 壬生義士伝 4枚組 [DVD] (2002/07/25) 渡辺謙高島礼子 商品詳細を見る |
渡辺謙主演の「壬生義士伝」
こちらも見たい。
すごく評判がいいみたい。
「乙女の祈り」
![]() | 乙女の祈り [DVD] (2002/09/21) メラニー・リンスキーケイト・ウィンスレット 商品詳細を見る |
★★★★☆
濃い・・
欧米の映画を見ていると、「キリスト教と乙女(思春期少女)」みたいなテーマがよく出てくる気がする。
なにか深い世界があるのだろういうのは分かるのだけど、私はキリスト教徒でないので、いまいちピンとこない。
「仏教と乙女」(どんなだ)とか、神隠しに遭う少女、だったらわりとよく分かると思う。
ケイト・ウィンスレットは全然今と感じが変わらない(昔から落ち着いている。)アグレッシブな喋り方がすごい。。
メラニー・リンスキーは終始むっつりした感じ。
泥の人間があんまり好きじゃなかったかな・・
それにしても、あのお母さんがどうして殺されなければならなかったのか納得いかない。たぶん見た人は大概そう思う気がする(そう思わせるのがミソなのだろう?)
もっと嫌なだめな親ならわかるけれど、最後まで娘のことを心配していたのに・・
そして、あの2人の言動全体が私にはまだよくわからなかった。もう一度見れば分かるだろうか・・
分かりたいけれど、きっと2人だけの閉じた世界には私は入っていけないのだろう。
2人の少女、をテーマにして、本を読んだり映画を見てきたりしたのですが、毎回のように、2人少女の行動には肩透かしを食らわせられるような気がする。
そのたびに、ああ私はやっぱり少女じゃないんだろうか、なにか別の生き物なんだろうか・・(反語)という気がしている。
中森明夫(いなたい!)が「少女に救済されるのは、少女以外の何者かだ」ということを言っていましたが、まさにそうだなと思う。
ほんものの少女になりたくてなれないnekrasovaは、女装したおじさんなのか、中性的な存在なのか、それとも、少女を経験していないまま女になってしまった女なのか・・(おじさんはないだろう)
・・中森明夫で思い出したのですが、彼の「オシャレ泥棒」という小説は特に面白いものではなかった。「namaiki」写真集の文章を読んで、彼こそは少女のなんたるかを知っている人だろう・・と結構期待したのですが、何かちょっと違った。
ただ分かったのが、80年代というのはああいうことをいうのか・・ということでした。恐るべし上っ調子な80年代・・いなたくはずかしい。(ごめんなさい80年代を謳歌した人たち)
いや実際恥ずかしい。
男性アイドルの歌で「きみとsex!」とかの歌詞をずっと言いながら髪をかきあげる振り付け(かっこいいの象徴的なしぐさだったらしい)をやってる映像を見たことがあるけれど、本当に恥ずかしくなってしまった。
女性アイドルもブリブリブリッコで、なにやっとんじゃ〜て感じです。
そういうのを見ていると、ああきっと、現代のアイドルもあと十数年もたてばそういう目で見られるだろうな・・と思えてくる。
とすると、もうなんの時代性も表さないで悠然としていたほうがまだましなんじゃないかと思えてくる。(そう思うと、毎日ジーパンとジャンパー姿のnekrasovaも少しは堂々とできそうなものです)
*
追記ですが、この映画、要所要所でものすごい笑えました。そのへんのセンスに★追加。
黒髪の子の親父さんがかなりうける。空気読めないぶりがすばらしい。
あと、ケイトがわのお父さんヒューム博士もキャラ的に好きです。
「青の魔性」引用
・・図書館に返す前に引用しておきます。w
「私は”普通の女性”に興味をもてない男である。別に肉体的な欠陥や精神的な障害があるわけではない。それは、私がある少女に「取り憑かれて」しまたからである。〜私にとって、異性は、その少女以外にない。美しい女性や、性的魅力満点の女が身辺にきても、いつもあの少女の面影がオーバーラップしてしまう。」
「控えめな少女で、特に教師たちの間で話題になることもない、どちらかというと平凡な生徒だった。家庭も、ごくありふれた中流サラリーマンである。仲のいい友人もないらしく、クラスから離れて、シンと自分ひとりの世界に閉じこもっているようなところがあった。」
「だが、いつも人と目が会わないようにうつむけている面に注意してみると、誰に見られることもなく深山にひっそり咲いている高山植物のような、気品のある美しさを沈めていた。それは、人を寄せ付けない拒絶的な美貌であり、じっと見つめないと分からない、深所からにじみ出てくるような、ワンクッション隔てた魅力であった。」
「ところがそれから二ヶ月ほどは、何を描かせても、髑髏のような図柄ばかり描く。恭子を一人だけ呼んで、わけを聞くと、「手が勝手に動いてしまうんです。頭でいくら花を描けと命令しても、手のほうが勝手に動いてしまうんです」と答えた。〜「あのこの内部には、何か屈折したものがあると思いますわ。誰にも覗かせない不可解な内面世界が。これがうまく発展すると、将来、すごい芸術家になるかもしれない」」
「初めての授業のとき、私が新任の挨拶をすると、恭子は、それまでうつむけていた面を上げて、射るような視線を、私のほうへ注いできた。それは冷たく澄んだ一筋の光の矢のように、クラスの一角から一直線に打ち込まれてきた。私は彼女に見つめられた顔の部分に痛みを感じたほどである。/この一瞬に、私は反町恭子に取り付かれてしまったといってよい。
「〜恭子を担任した私は、さりげなく、しかし熱心に彼女を観察した。一見、恭子は普通の生徒と変わっていないようであった。だが、授業中、彼女は、ふいと放心してしまうことがある。/そんな時澄んだ秋の日差しのような彼女の視線から、熱感が失われ、焦点がかすんでしまう。確かにこちらを見ていながら、彼女の目は、私を超えてはるか遠方に向けられている。それは普通の距離の尺度では測れない、途方もない遠方を見ているような視線だった。/私は、彼女の見つめている遠方に嫉妬した。この教室にいながら、反町恭子の精神は、次元の違う場所にとんでいる。それはなんぴとも追随できない遠方である。/私は、自分の嫉妬を、彼女にふいに質問することによって癒そうとした。質問によって、強制的に私の前へ引きずり戻すのだ。」
「だが、恭子は、空腹でも、口にすることの出来ないなまの食べ物である。」
「「先生」恭子は、思いつめた顔をして、私の席の前に立った。「何だい?」私は、恭子と一対一でこんなに近く相い接したことはない。生硬ではあるが、膨らみかけた蕾の中に開花したときの美しさを十分に偲ばせる清純な魅力を秘めている。蕾の固さが、その魅力の稠密ぶりを物語る。/私は、いわゆる「食べてしまいたいような」愛しさを彼女におぼえた。その相手が、先方からおずおずと私に近づいてきた。決して自分のほうから人に近づいたことのなかった恭子が。」
「恭子は、ひたむきな視線を注いできた。その透明な炎のような、不思議な熱間を帯びたまなざしに見つめられると、私は、いつも背筋に悪寒のようなものを覚える。嫌悪のせいではなく、何かに魅入られたかのようなマゾヒスティックな快感と陶酔が、私をふるわせるのである。」
「実を言うと、今度の遠足は、私自身の楽しみでもあった。いつも教室の中でしか見ていない恭子を、あの神秘的なN渓谷の深遠のそばに立たせてみたい。きっと彼女の、みずぞこに静めたような美しさは、一億年の風化を刻んだ変成岩や碧瑠璃の淀の傍らにおかれて、音が共鳴するように、そのミステリアスな美の正体をのぞかせるかもしれない。」
「私はそのとき、私が真に愛していた女性は恭子だったことを悟ったのである。綾子は、恭子の代役にしか過ぎなかった。私は、綾子の熟れた肉体の中に、男の欲望を叩き込みながら、ついに触れることの出来なかった私の「永遠の女性」の面影を重ねていたのである。恭子も私をひそかに愛していてくれたのだ。だから私と母親の不倫の関係を許せなかった。彼女の死は、私に対する抗議であり、命をかけた断罪でもあった。」
「私は、その日から、全ての女性に興味を失った。星に恋した男のように、私は、水底に揺らめくような恭子の青い美しさにとりつかれてしまった。腕を伸ばせばすぐにも届きそうな先に沈んでいながら、決して届くことのない千尋の底に遠ざかった青い魔性の虜にされたのである。」
やばいっすねぇ・・
引用してみると良さに気が付きます。
私も恭子に会ってみたい。
「私は”普通の女性”に興味をもてない男である。別に肉体的な欠陥や精神的な障害があるわけではない。それは、私がある少女に「取り憑かれて」しまたからである。〜私にとって、異性は、その少女以外にない。美しい女性や、性的魅力満点の女が身辺にきても、いつもあの少女の面影がオーバーラップしてしまう。」
「控えめな少女で、特に教師たちの間で話題になることもない、どちらかというと平凡な生徒だった。家庭も、ごくありふれた中流サラリーマンである。仲のいい友人もないらしく、クラスから離れて、シンと自分ひとりの世界に閉じこもっているようなところがあった。」
「だが、いつも人と目が会わないようにうつむけている面に注意してみると、誰に見られることもなく深山にひっそり咲いている高山植物のような、気品のある美しさを沈めていた。それは、人を寄せ付けない拒絶的な美貌であり、じっと見つめないと分からない、深所からにじみ出てくるような、ワンクッション隔てた魅力であった。」
「ところがそれから二ヶ月ほどは、何を描かせても、髑髏のような図柄ばかり描く。恭子を一人だけ呼んで、わけを聞くと、「手が勝手に動いてしまうんです。頭でいくら花を描けと命令しても、手のほうが勝手に動いてしまうんです」と答えた。〜「あのこの内部には、何か屈折したものがあると思いますわ。誰にも覗かせない不可解な内面世界が。これがうまく発展すると、将来、すごい芸術家になるかもしれない」」
「初めての授業のとき、私が新任の挨拶をすると、恭子は、それまでうつむけていた面を上げて、射るような視線を、私のほうへ注いできた。それは冷たく澄んだ一筋の光の矢のように、クラスの一角から一直線に打ち込まれてきた。私は彼女に見つめられた顔の部分に痛みを感じたほどである。/この一瞬に、私は反町恭子に取り付かれてしまったといってよい。
「〜恭子を担任した私は、さりげなく、しかし熱心に彼女を観察した。一見、恭子は普通の生徒と変わっていないようであった。だが、授業中、彼女は、ふいと放心してしまうことがある。/そんな時澄んだ秋の日差しのような彼女の視線から、熱感が失われ、焦点がかすんでしまう。確かにこちらを見ていながら、彼女の目は、私を超えてはるか遠方に向けられている。それは普通の距離の尺度では測れない、途方もない遠方を見ているような視線だった。/私は、彼女の見つめている遠方に嫉妬した。この教室にいながら、反町恭子の精神は、次元の違う場所にとんでいる。それはなんぴとも追随できない遠方である。/私は、自分の嫉妬を、彼女にふいに質問することによって癒そうとした。質問によって、強制的に私の前へ引きずり戻すのだ。」
「だが、恭子は、空腹でも、口にすることの出来ないなまの食べ物である。」
「「先生」恭子は、思いつめた顔をして、私の席の前に立った。「何だい?」私は、恭子と一対一でこんなに近く相い接したことはない。生硬ではあるが、膨らみかけた蕾の中に開花したときの美しさを十分に偲ばせる清純な魅力を秘めている。蕾の固さが、その魅力の稠密ぶりを物語る。/私は、いわゆる「食べてしまいたいような」愛しさを彼女におぼえた。その相手が、先方からおずおずと私に近づいてきた。決して自分のほうから人に近づいたことのなかった恭子が。」
「恭子は、ひたむきな視線を注いできた。その透明な炎のような、不思議な熱間を帯びたまなざしに見つめられると、私は、いつも背筋に悪寒のようなものを覚える。嫌悪のせいではなく、何かに魅入られたかのようなマゾヒスティックな快感と陶酔が、私をふるわせるのである。」
「実を言うと、今度の遠足は、私自身の楽しみでもあった。いつも教室の中でしか見ていない恭子を、あの神秘的なN渓谷の深遠のそばに立たせてみたい。きっと彼女の、みずぞこに静めたような美しさは、一億年の風化を刻んだ変成岩や碧瑠璃の淀の傍らにおかれて、音が共鳴するように、そのミステリアスな美の正体をのぞかせるかもしれない。」
「私はそのとき、私が真に愛していた女性は恭子だったことを悟ったのである。綾子は、恭子の代役にしか過ぎなかった。私は、綾子の熟れた肉体の中に、男の欲望を叩き込みながら、ついに触れることの出来なかった私の「永遠の女性」の面影を重ねていたのである。恭子も私をひそかに愛していてくれたのだ。だから私と母親の不倫の関係を許せなかった。彼女の死は、私に対する抗議であり、命をかけた断罪でもあった。」
「私は、その日から、全ての女性に興味を失った。星に恋した男のように、私は、水底に揺らめくような恭子の青い美しさにとりつかれてしまった。腕を伸ばせばすぐにも届きそうな先に沈んでいながら、決して届くことのない千尋の底に遠ざかった青い魔性の虜にされたのである。」
やばいっすねぇ・・
引用してみると良さに気が付きます。
私も恭子に会ってみたい。
「美少女の逆襲」
唐沢俊一著
面白いです。かなり笑えます。
あと、少女考としてかなり参考になりました。
引用
大塚英志『少女民俗学』『たそがれどきに見つけたもの』
「大塚氏によれば「かわいい」という価値観は大量消費社会の仲での記号的価値であり、その内部に自ら自意識を封じ込める(あるいは消費社会によって封じ込められる)ことによって、時間(年齢)の概念から開放され、成熟を拒否できるという。/この場合の成熟とは、責任感とか、社会的義務とかいう言葉で表されるものが付随するそれだろう。/この理論によれば、少女という存在は「かわいい」という記号的価値観の中に完全に埋没しているがゆえに、既存のあらゆる権威、常識、概念から自由な存在であり、この不透明、不確実な時代の水先案内人足りうる能力を持つ、ということであるらしい。」
・・but,著者は、この大塚氏の本が出版されたのがバブルが崩壊する直前期で、だから現代の若者の感覚はそれとはちょっと違ってきている。むしろ、ストイックさとか不自由さに憬れる方面に向かっているんじゃないか、という指摘をしている。そういうストイックさや不自由さは、豊かになる前の時代に書かれた(本書で扱っているようないわゆる)少女小説に親しいものだ、と。
「・・少女小説の少女にとって、自分の性的魅力を誇示することは、決して許されることではなかった。/と同時に、少女たち、それは大人になることを徹底して拒否した存在である。大人というよりも、『女性』になることを拒否して、永遠にガラスの中で眠っている、白雪姫だ。」
「これが行きつくところまでエスカレートすると、〜アンヌのように、処女懐胎を望むまでになる。」
「現代の少女たちにとって、成熟の拒否とは、少女の価値である「かわいさ」を過剰に意識し、身の回りをその「かわいさ」で徹底的に装飾してしまうことである。〜あの、ピンクハウスブランドの服のフリルやリボンの中に埋もれることで、社会と自分を絶縁している。つまり、現代の少女の少女らしさ、とは「過剰」による装甲といえる。」
「ところが、少女小説における少女の価値観は、その「ストイック」なところなのである。彼女たちもまた、社会との接触を拒否し、自分を汚れないままの存在に置こうと考える。/しかし、その際に彼女たちの武器となる「少女」という価値は、女らしさの「欠落」によるものなのである。
「〜少女小説の主人公たちは、それを拒否し、自分たちが大人としては欠落品の、清い部分を残した永遠の少女となることによって、自分を保とうとするのである。彼女たちは、現代の少女のように、その弱い部分を装甲しようとはしない。/むしろ、社会に対し、その弱い部分をあえてさらしているかのように見える。その部分を持っているということが、とりもなおさず、少女の証明だからである。/こういう、欠落部分を持った少女は、一見弱い存在である。しかし、彼女たちにとっては、その弱さが武器なのだ。」
「一見すると、少女を彼らが守っているように見える。しかし、よく読めば、彼ら彼女らは、みな、少女につき動かされていることがわかる。少女たち、それはあまりにか弱く、汚れた社会に対して免疫を持っていない存在である。/彼女たちを汚してはいけない。彼女たちを悲しませてはいけない。その思いにかられ、彼女は少女のため、奔走する。/彼らは、少女たちの持つ欠落を埋めようとする。しかし、それは同時に、自分たちの欠落をも埋めることになるのだ。清らかさ、けなげさ、純粋さという、自分たちが失った部分を、少女たちによって埋めてもらいたがっているのである。」
「おそらく、現代の少女にとって、最もかけている部分が、この「欠落」部分なのではないか。/彼女たちは、自らの論理の中で自己完結してしまっている。そこには、他者の入り込む隙間がない。未成熟のままでいたいという願望のために、世間とのコンタクトを断ち切るという手段をとらざるを得ないのである。」
(童子信仰の例、非業の死を遂げた伝説の少年たち)
「日本人にとって、そのような悲劇の面をもつものは、その悲劇性の度合いが大きければ大きいほど、それが逆転したとき、大きな力をもつと考えられていたのである。/日本は近代に入り、そのような悲劇性を持つ神を失った。少女小説に登場する少女たち(彼女たちは〜「性」というものを拒否するがゆえに童子信仰とストレートに結びつく)によって、われわれは再び、信仰の対象を得たのではないか。」
「少女とは決して、現実における人間関係での交際の対象ではない。そこに少女がいることで、われわれの魂が清められる、そういう対象なのだ。」
「きれいごとばかりが展開する少女小説であるが、それが神の事跡の記録であれば、きれいごとでなくてはならない理由も理解できるだろう。/非現実なまでに、実社会で生きるための条件を欠落させた存在、それが少女という神なのである。」
(少女売春)
「これを少女というイメージの堕落と考える人もいるかもしれないが、この仲にも、日本人の少女信仰の名残は見てとれる。」
著者によれば、現代の少女漫画には、昔の少女小説の要素はなくなっているが、むしろ耽美小説といわれる少年愛小説群の中に、その要素が形を変えて入っているという。
で、現代において少女小説が復活する可能性、神としての少女が復活する可能性は大いにありうるのだといっている。
面白いです。かなり笑えます。
あと、少女考としてかなり参考になりました。
引用
大塚英志『少女民俗学』『たそがれどきに見つけたもの』
「大塚氏によれば「かわいい」という価値観は大量消費社会の仲での記号的価値であり、その内部に自ら自意識を封じ込める(あるいは消費社会によって封じ込められる)ことによって、時間(年齢)の概念から開放され、成熟を拒否できるという。/この場合の成熟とは、責任感とか、社会的義務とかいう言葉で表されるものが付随するそれだろう。/この理論によれば、少女という存在は「かわいい」という記号的価値観の中に完全に埋没しているがゆえに、既存のあらゆる権威、常識、概念から自由な存在であり、この不透明、不確実な時代の水先案内人足りうる能力を持つ、ということであるらしい。」
・・but,著者は、この大塚氏の本が出版されたのがバブルが崩壊する直前期で、だから現代の若者の感覚はそれとはちょっと違ってきている。むしろ、ストイックさとか不自由さに憬れる方面に向かっているんじゃないか、という指摘をしている。そういうストイックさや不自由さは、豊かになる前の時代に書かれた(本書で扱っているようないわゆる)少女小説に親しいものだ、と。
「・・少女小説の少女にとって、自分の性的魅力を誇示することは、決して許されることではなかった。/と同時に、少女たち、それは大人になることを徹底して拒否した存在である。大人というよりも、『女性』になることを拒否して、永遠にガラスの中で眠っている、白雪姫だ。」
「これが行きつくところまでエスカレートすると、〜アンヌのように、処女懐胎を望むまでになる。」
「現代の少女たちにとって、成熟の拒否とは、少女の価値である「かわいさ」を過剰に意識し、身の回りをその「かわいさ」で徹底的に装飾してしまうことである。〜あの、ピンクハウスブランドの服のフリルやリボンの中に埋もれることで、社会と自分を絶縁している。つまり、現代の少女の少女らしさ、とは「過剰」による装甲といえる。」
「ところが、少女小説における少女の価値観は、その「ストイック」なところなのである。彼女たちもまた、社会との接触を拒否し、自分を汚れないままの存在に置こうと考える。/しかし、その際に彼女たちの武器となる「少女」という価値は、女らしさの「欠落」によるものなのである。
「〜少女小説の主人公たちは、それを拒否し、自分たちが大人としては欠落品の、清い部分を残した永遠の少女となることによって、自分を保とうとするのである。彼女たちは、現代の少女のように、その弱い部分を装甲しようとはしない。/むしろ、社会に対し、その弱い部分をあえてさらしているかのように見える。その部分を持っているということが、とりもなおさず、少女の証明だからである。/こういう、欠落部分を持った少女は、一見弱い存在である。しかし、彼女たちにとっては、その弱さが武器なのだ。」
「一見すると、少女を彼らが守っているように見える。しかし、よく読めば、彼ら彼女らは、みな、少女につき動かされていることがわかる。少女たち、それはあまりにか弱く、汚れた社会に対して免疫を持っていない存在である。/彼女たちを汚してはいけない。彼女たちを悲しませてはいけない。その思いにかられ、彼女は少女のため、奔走する。/彼らは、少女たちの持つ欠落を埋めようとする。しかし、それは同時に、自分たちの欠落をも埋めることになるのだ。清らかさ、けなげさ、純粋さという、自分たちが失った部分を、少女たちによって埋めてもらいたがっているのである。」
「おそらく、現代の少女にとって、最もかけている部分が、この「欠落」部分なのではないか。/彼女たちは、自らの論理の中で自己完結してしまっている。そこには、他者の入り込む隙間がない。未成熟のままでいたいという願望のために、世間とのコンタクトを断ち切るという手段をとらざるを得ないのである。」
(童子信仰の例、非業の死を遂げた伝説の少年たち)
「日本人にとって、そのような悲劇の面をもつものは、その悲劇性の度合いが大きければ大きいほど、それが逆転したとき、大きな力をもつと考えられていたのである。/日本は近代に入り、そのような悲劇性を持つ神を失った。少女小説に登場する少女たち(彼女たちは〜「性」というものを拒否するがゆえに童子信仰とストレートに結びつく)によって、われわれは再び、信仰の対象を得たのではないか。」
「少女とは決して、現実における人間関係での交際の対象ではない。そこに少女がいることで、われわれの魂が清められる、そういう対象なのだ。」
「きれいごとばかりが展開する少女小説であるが、それが神の事跡の記録であれば、きれいごとでなくてはならない理由も理解できるだろう。/非現実なまでに、実社会で生きるための条件を欠落させた存在、それが少女という神なのである。」
(少女売春)
「これを少女というイメージの堕落と考える人もいるかもしれないが、この仲にも、日本人の少女信仰の名残は見てとれる。」
著者によれば、現代の少女漫画には、昔の少女小説の要素はなくなっているが、むしろ耽美小説といわれる少年愛小説群の中に、その要素が形を変えて入っているという。
で、現代において少女小説が復活する可能性、神としての少女が復活する可能性は大いにありうるのだといっている。
「ルームメイト」
★★★★★
レンタル落ちビデオで、買いだめていたのを、やっと見ました。
・・怖かった〜・・
夜寝る前、ちょっとだけ見ようか、と思い、見始めたら止まらなくなり、全部見てしまった。
見終わった後、私のか細い精神は、もろにメディアの悪影響を受けてしまい。
悪夢にうなされた。・・インド人の男に部屋に閉じ込められる夢とか・・
主演のブリジット・フォンダ、仕事が出来て美人でスタイル抜群、性格もよい・・というキャラ。でもその美しさには可憐さ、たおやかさがあり、嫌味を感じさせない。(ちょっとぼってりした色気のある人だったら、へディのほうに同情してしまうかもしれない)
そして、狂気の女へディ。彼女を見ていて、ソワは自分自身を見ているようで、恐ろしくなってしまった・・醜くてネクラで恋人もいない、病んだ女。
女の、女に対する愛着と嫉妬との入り混じったあの独特の感情。それがこの映画で毒々しくあまりにもリアルに壮絶に描かれていて、気持ちが悪くなってしまうほど。
どんな女でも隠し持っているあの感情が、へディという人物によってやすやすと具現化されてしまう。目を覆いたいけど、見ていたい・・へディが次に何をするか、私も既に知っている・・
自分の感情をコントロールできずに暴力に走ってしまうへディは最低の奴だ。でも、善玉のアリーにではなく彼女に、私は感情移入してしまう。・・
それにしても、同じ髪型同じ服にすると、アリーとへディの容姿の違いのあまりに歴然としているのに、見ていて愕然としてしまいます。ふだん、髪型や服で体型をカバーし、個性を演出しているおかげで、一概に美人とかブスとか言えないものですが、・・全く同じいでたちをしてしまうと、明らかに、持って生まれたものの差というのはあるんだなぁ・・と、しみじみしてしまいます。
もちろん、へディ役の女優さんも、じゅうぶん魅力的な人なんですが、ブリジット・フォンダと並ぶとやはり・・
きっと、この映画を見て世界中の人がそう思うのだろうから、女優さんも大変だなぁ・・などと軽佻浮薄な感想を持ってしまった。
それにしても怖かった。。エイリアンものとか、ホラーものの怖さというより、女のおぞましい感情を描いているという点で、鳥肌が立つような恐怖映画でした。
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・・怖かった〜・・
夜寝る前、ちょっとだけ見ようか、と思い、見始めたら止まらなくなり、全部見てしまった。
見終わった後、私のか細い精神は、もろにメディアの悪影響を受けてしまい。
悪夢にうなされた。・・インド人の男に部屋に閉じ込められる夢とか・・
主演のブリジット・フォンダ、仕事が出来て美人でスタイル抜群、性格もよい・・というキャラ。でもその美しさには可憐さ、たおやかさがあり、嫌味を感じさせない。(ちょっとぼってりした色気のある人だったら、へディのほうに同情してしまうかもしれない)
そして、狂気の女へディ。彼女を見ていて、ソワは自分自身を見ているようで、恐ろしくなってしまった・・醜くてネクラで恋人もいない、病んだ女。
女の、女に対する愛着と嫉妬との入り混じったあの独特の感情。それがこの映画で毒々しくあまりにもリアルに壮絶に描かれていて、気持ちが悪くなってしまうほど。
どんな女でも隠し持っているあの感情が、へディという人物によってやすやすと具現化されてしまう。目を覆いたいけど、見ていたい・・へディが次に何をするか、私も既に知っている・・
自分の感情をコントロールできずに暴力に走ってしまうへディは最低の奴だ。でも、善玉のアリーにではなく彼女に、私は感情移入してしまう。・・
それにしても、同じ髪型同じ服にすると、アリーとへディの容姿の違いのあまりに歴然としているのに、見ていて愕然としてしまいます。ふだん、髪型や服で体型をカバーし、個性を演出しているおかげで、一概に美人とかブスとか言えないものですが、・・全く同じいでたちをしてしまうと、明らかに、持って生まれたものの差というのはあるんだなぁ・・と、しみじみしてしまいます。
もちろん、へディ役の女優さんも、じゅうぶん魅力的な人なんですが、ブリジット・フォンダと並ぶとやはり・・
きっと、この映画を見て世界中の人がそう思うのだろうから、女優さんも大変だなぁ・・などと軽佻浮薄な感想を持ってしまった。
それにしても怖かった。。エイリアンものとか、ホラーものの怖さというより、女のおぞましい感情を描いているという点で、鳥肌が立つような恐怖映画でした。
いろいろ、
最近は本ばかりです。
映画ももっと見たいけれど、なぜかうまく時間が捻出できない。。 うぅ、見たいのに、、
とあるサイトで紹介されていた「甘い蜜の部屋」という本を、読んでいました。
はじめのほう、主人公の少女時代のところが結構よかったかなぁ。50のおっちゃんを虜にする6歳児ってどんなんだ・・
中盤からは少女が女に成長してきてしまったので、読むのをやめてしまった。・・ああ浮気な読者よ。
けれど、、やはり女性の作家の文章は、男性のにはない独特の感性が展開されてて、それもなにかそのスタイルで完成しているので、すげぇ〜。。と思ってしまった。
「彼がこう思っているということを、私はわかっているということを、彼は知っているということを私は知っている」・・調の文章が延々と続くのです。さすがは女。
そして、、ものすごく少女漫画チックな世界なのです。ほとんど全員なぜかハーフとか外人だし・・アレクサンドルだのドミトリーだのイワノフだのピーターだの・・ ここは広尾か!?
・・けれど、それはそれでやっぱり完成している感じなので、私はそれ以上何もいえないで感心してしまうのです。
・・最近、なんだか自分の求めているものがあいまいになってきてしまっている感じがする。少女のどういうところに、危険と誘惑と欲望と美を感じていたのか、なんだか分からなくなっているのだ。
やっぱりネクラソワに文学は駄目だったのか・・;;?
「これ、好き!」と身を乗り出して興奮する感じが、どうも最近あまりなくて欲求不満気味。。
はやく何か、どこかにぶつかってほしい。
映画ももっと見たいけれど、なぜかうまく時間が捻出できない。。 うぅ、見たいのに、、
とあるサイトで紹介されていた「甘い蜜の部屋」という本を、読んでいました。
![]() | 甘い蜜の部屋 (ちくま文庫) (1996/12) 森 茉莉 商品詳細を見る |
はじめのほう、主人公の少女時代のところが結構よかったかなぁ。50のおっちゃんを虜にする6歳児ってどんなんだ・・
中盤からは少女が女に成長してきてしまったので、読むのをやめてしまった。・・ああ浮気な読者よ。
けれど、、やはり女性の作家の文章は、男性のにはない独特の感性が展開されてて、それもなにかそのスタイルで完成しているので、すげぇ〜。。と思ってしまった。
「彼がこう思っているということを、私はわかっているということを、彼は知っているということを私は知っている」・・調の文章が延々と続くのです。さすがは女。
そして、、ものすごく少女漫画チックな世界なのです。ほとんど全員なぜかハーフとか外人だし・・アレクサンドルだのドミトリーだのイワノフだのピーターだの・・ ここは広尾か!?
・・けれど、それはそれでやっぱり完成している感じなので、私はそれ以上何もいえないで感心してしまうのです。
・・最近、なんだか自分の求めているものがあいまいになってきてしまっている感じがする。少女のどういうところに、危険と誘惑と欲望と美を感じていたのか、なんだか分からなくなっているのだ。
やっぱりネクラソワに文学は駄目だったのか・・;;?
「これ、好き!」と身を乗り出して興奮する感じが、どうも最近あまりなくて欲求不満気味。。
はやく何か、どこかにぶつかってほしい。
「青の魔性」
![]() | 青の魔性 (1977年) (新潮文庫) (1977/01) 森村 誠一 商品詳細を見る |
森村誠一。
前から気になっていたロリータ小説です。
けれど、なにか期待したほどじゃなかった、、という印象。
個人的には、少女がアスペルガー症候群で、かつ、呪いをかけたりする超能力を持っているという設定があんまり好きじゃなかったかも。
魔力を秘めた近寄りがたいガラスのような少女、という感じはよく出ているけれど、呪いをかけるのはちょっといただけないなぁ。。
けれど、そういう普通と違った不思議な少女にとりつかれるように魅入られてしまうのは、よく分かるかも。
読んでいて、恭子のキャラが綾波レイにダブってきました。似ている、似ている。「青の魔性」まさにレイだ・・
小中学校通してネクラーだったnekrasovaとしては、あかるく元気な女の子じゃなくて、暗く陰のあるちょっと不気味なキャラクターに親近感を感じます。
ところで、この小説、主人公の小学校教師が、恭子の母親と肉体関係をもつというところが、なんだかちょっといかにもで・・生々しくて。「すぐ食べられる」体が目の前にって・・;;
恭子が先生のことがほんのり好きで、「先生も遠足にいかないで」と訴えるところが切なくて良いです。「なにいってんだよ(笑)」的に先生が恭子のほっぺたをつん、とつつくところも良いです。これぞプラトニックロリータ・・
「マイ・ガール」
![]() | マイ・ガール [DVD] (2006/06/17) アンナ・クラムスキーマコーレー・カルキン 商品詳細を見る |
★★★★★
まだ幼い、少年少女の友情。
ふたりが自転車で遊びに行く風景、木登りしている風景・・何かものすごく懐かしくて、心が休まりました。思春期より少し前の、一番ピュアで頑是無い時代。
けれども、、主人公ベーダは初潮を迎え、親友のトーマスの死を経験する。好きだった男性教師に「愛している」と告白するが、彼にはすでに恋人がいるという現実を目の当たりにする。トーマスの死は嵐のようなカタルシスをベーダの人生に与え、それをベーダは乗り越えていく。・・
ベーダを演じるアンナ・クラムスキーと、トーマスを演じるマコーレー・カルキン、名演です。
棺桶の中のトーマスを見てベーダが「木に登れないのね、彼はメガネがないと何も見えない、メガネをかけさせてあげて!」と言うシーンで思わず涙してしまいました。
私は映画で泣いたのはこれが初めてです。
(私もものすごい近眼で、メガネがなくて何も出来なくて、情けない思いをしたことがあったので、すごく共感してしまったのです。)
アンナ・クラムスキー、微妙な年頃がとてもいい感じ。初潮を迎えるにはまだちょっと幼い・・まだ10歳ぐらいにしか見えないですが、大きな美しい目の表情や、不遜な唇の形に・・将来妖艶な美女になる片鱗を見て取れます。
ぐっと眉を深めた気が強い表情が良い。
今はいったいどんなふうになっているのだろう。
お父さん役のダン・エイクロイド、優しい包容力あるお父さんぶりが素敵です。ベーダとふたりでいるところを見て、(ああ私も、ベーダになって、こんな人をdaddyと呼んでみたい・・おんぶとかだっことかされたい・・)と思ってしまいました;(nekrasova実はオジコンです)
もう一度見たい映画。
とくに、アンナ・クラムスキーのクルクル変わる表情をもっとよく見てみたい。
角度によって輝きを変える猫目石みたいな少女。
「あきらめ」
図書館で借りた「田村俊子作品集1」に収録。
百合文学・・で検索していて知った作品です。
文語体をあまり読み慣れない私にとっては、ひとつひとつの情景を読み込むのはなかなか骨が折れたので、ざっと・・通読してみた感じ。
思った以上に、濃い・・!
他の部分はいかにも純文学らしくて格調高いにもかかわらず、
主人公の富枝と、美人の染子のシーンが、少女百合漫画チックなのが、なかなかミスマッチで・・
ふたりのシーンが出てくるところだけ特に、熱心に読み耽ってしまいました。
・・あと、主人公の兄の緑紫って人の、主人公の妹(義理の)・貴枝に対するロリコンぶりにも、おぉ・・!?と目を見開きながら読んでしまいました。
この15歳の妹というのがまた、妖艶なロリータ美少女らしくて、読みながらほくほくしてしまいます。
それにしても緑紫、37歳といういい年で、奥さんも持ちながら、少女に手を出そうと毎日のように誘惑しにやってくる様子には呆れてしまいます。
貴枝と二人きりになると、暗い道に連れて行って「頬を吸ったり」するらしい。げげ・・
主人公・富枝のキャラクターが好きです。男勝りの凛とした素敵な人。
一度も男関係が出てこないところがまたいいです。染子ひとすじ・・ (というか、染子のほうが入れ込んでいる感じですが)
そんな二人を見ていて、百合というのもなかなかいいなぁ・・と憬れるソワでした。
ソワも、高校時代(女子校)は、同性の美しい先輩や後輩に憬れたものでしたが、、
最近あまりそういう経験をしないようになってしまいました。
ソワが関心をなくしたのではなく、なんだか、あまり美しい人に接する機会がないからです。
出会いたいなぁ・・
・・岩波文庫でもでているらしい。
田村俊子はほかにも百合系のものを書いているそうで・・また機会があったら別のも読んでみたい。
あきらめ,木乃伊の口紅 他4篇 (岩波文庫 緑 112-1)
百合文学・・で検索していて知った作品です。
文語体をあまり読み慣れない私にとっては、ひとつひとつの情景を読み込むのはなかなか骨が折れたので、ざっと・・通読してみた感じ。
思った以上に、濃い・・!
他の部分はいかにも純文学らしくて格調高いにもかかわらず、
主人公の富枝と、美人の染子のシーンが、少女百合漫画チックなのが、なかなかミスマッチで・・
ふたりのシーンが出てくるところだけ特に、熱心に読み耽ってしまいました。
・・あと、主人公の兄の緑紫って人の、主人公の妹(義理の)・貴枝に対するロリコンぶりにも、おぉ・・!?と目を見開きながら読んでしまいました。
この15歳の妹というのがまた、妖艶なロリータ美少女らしくて、読みながらほくほくしてしまいます。
それにしても緑紫、37歳といういい年で、奥さんも持ちながら、少女に手を出そうと毎日のように誘惑しにやってくる様子には呆れてしまいます。
貴枝と二人きりになると、暗い道に連れて行って「頬を吸ったり」するらしい。げげ・・
主人公・富枝のキャラクターが好きです。男勝りの凛とした素敵な人。
一度も男関係が出てこないところがまたいいです。染子ひとすじ・・ (というか、染子のほうが入れ込んでいる感じですが)
そんな二人を見ていて、百合というのもなかなかいいなぁ・・と憬れるソワでした。
ソワも、高校時代(女子校)は、同性の美しい先輩や後輩に憬れたものでしたが、、
最近あまりそういう経験をしないようになってしまいました。
ソワが関心をなくしたのではなく、なんだか、あまり美しい人に接する機会がないからです。
出会いたいなぁ・・
・・岩波文庫でもでているらしい。
田村俊子はほかにも百合系のものを書いているそうで・・また機会があったら別のも読んでみたい。
あきらめ,木乃伊の口紅 他4篇 (岩波文庫 緑 112-1)
「隣の家の少女」
![]() | 隣の家の少女 (扶桑社ミステリー) (1998/07) ジャック ケッチャム 商品詳細を見る |
★★★☆☆
早速読んでみました。あまり興味ないかも・・と思いながらも、・・深夜に読み始めたら止まらなくなり、そのまま一晩で読破。(あの読書障害はどこへやら・・)
その読後感は・・・最悪・・・
次の朝起きたときの精神状態は、今年入ってから下から二番目か三番目ぐらいの気分でした。
・・読むんじゃなかった・・
昨日書いたような、「少年の少女に対する好奇心」のような牧歌的な風景は、ほんの始めのほうだけで、その後は専ら残虐な暴力シーンばかり続きます。ゲンナリ・・
後半のほう、主人公デイヴィッドががんばるシーンあたりは、冒険ものらしい感じで、わくわくしながら、手に汗握りながら読み進められたので、★をひとつ追加。
スティーブン・キングは大絶賛しているようですが、・・私は、この作品、小説としてそんなにいい出来栄えというわけでもないと思う。
読み終わって、ふと思ったこと
・残酷シーンは多けれども、「メグ」の体がどうなっているか、ということや、「メグ」の顔の表情とか声の調子、などがあまりくわしく描写されていないので、なんだか実感がわかない。いや、描写されてはいるのだけど、あまり自然でない・・?
・「ルース」がなぜあんなに急に豹変してしまったのかが気になる。「ルース」の描写も微妙で、いまいちその像がぴんとこない。
・「メグ」の描写もいまいちで、目の前にその少女の姿が浮かんでこない。もっと、彼女の魅力とか容姿を書き込んだほうが、感情移入できたかも。
・そもそも、なんで「メグ」があんな暴力を受けなければならなかったのかが、全然実感できないまま終わった。
まぁ、小説なんてそんなものなのか・・
私は基本的にフィクションはほとんど読まないで来たので、純粋なエンターテイメントとして小説を読む人とは、違った感想を持つのかもしれない。
そこに何らかの真実、、がない限り、その書物を信用することができないのが性分らしい。
けれど、これを読んで、世の中に起こっている悲惨なことや不条理なこと、ぞっとするようなことに、もっと目を向ける必要がある・・ということを知らされたので、読んでよかったのかもしれない。
きれいなものや美しいものだけ見ているわけにもいかないから・・
ソワにはもう少しダークサイドを見る目が必要だ・・
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